「語り部の見た世界」11

 ふたりが再び旅を始めてしばらくした頃から、キカイリュウは時折深く眠るようになりました。
 青年が少年であった頃にも、キカイリュウが数度眠ることはありましたが、あの箱庭で目覚めてから、その頻度は目に見えて高くなっていました。
 きっとこれもきみの心臓への負荷が原因なのでしょう。青年はそう考えていました。
 その眠りはほんの数刻であることもありましたし、数日に渡って眠り続けることもありました。
 青年はその度に、キカイリュウが目覚めるのをじっと待ちました。
 少年が青年になってしまうほどの長い長い待っていたあの時間に比べれば、ほんの数日を待つくらい青年は苦痛には思いませんでした。朝が来て、夜が来て、朝が来てしまっても、青年はキカイリュウに寄り添って、何日だって待っていました。
 そんな時、青年はかつての友人に出会いました。
「アルカ!」
「心配したんだぞ、急にいなくなるから」
「どうしてキカイなんかといっしょにいるんだ」
「いっしょにまちに帰ろう」
「待ってろ、今そのキカイを壊してやるから」
 武器を振りかざして近づいてくる友人の前に、青年は両手を広げて立ちふさがりました。
「ぼくはまちにはもどらない」
 混乱している様子の友人に、青年ははっきりと伝えました。
「あのまちは、ぼくたちのばしょじゃなかったんだ」
 友人は奇妙なものを見る目で青年を見ていました。それは、自分とは違うものを見る目でした。理解することができずにおそろしく思っている目でした。自分といっしょではないことに怯えている目でした。
「お前、おかしいよ……」
 いつか誰かにも言われた言葉だと、青年はぼんやりと考えました。しかし、青年はもう、言われてばかりだったあの時とは違います。
「おかしくてもいい! キカイリュウはぼくのともだちだ!」
「子供みたいな駄々コネるな! お前、これからどうやって生きていくつもりだ! ニンゲンはニンゲンといっしょじゃないと生きられないだろ!」
 ニンゲンは青年の腕を乱暴に掴んで、力づくでニンゲンの側に引き戻そうとしました。
 その時、キカイリュウは目を覚ましました。
 キカイリュウは目の前にあるニンゲンの頭に興味を持って、優しく触ってみようとしました。キカイリュウのお腹は開いていて、中の無数の手がぎいぎいと蠢くのが見えました。
 金属の頭がゆるゆると近付いてきて彼の頭に触れる寸前、ニンゲンは青年の腕を離して、よろよろと後ずさりました。
 他のニンゲンたちもすっかり怯えてしまって、もうふたりの邪魔をしようとはしませんでした。
「いこう」
 少年はキカイリュウを促して、ニンゲンのところから去っていきました。
 そうして二度とニンゲンの方を振り返ることはありませんでした。
「きみといっしょにいてはいけないといわれたよ」
「なぜいっしょにいてはいけないの?」
「きみはキカイで、ぼくはニンゲンだから。キカイとニンゲンはちがうんだ」
 キカイリュウは首を傾げました。
 それでもぼくは、きみといっしょがいいよ。
 青年は心の中だけでそう思いました。


[2016年 03月 16日]

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