「語り部の見た世界」05

 むかしむかし、おとぎばなしの続きのおはなし。
 キカイリュウと少年は、ふたりで旅をしていました。
 ふたりはふたりとも行く場所がなくて、ふたりはふたりとも帰る場所がありませんでした。
 だからふたりは「いっしょ」で、だからふたりは「おんなじ」でした。

 森からはなれて、ニンゲンの場所からもキカイの場所からも遠い遠い荒野を歩いていって、ふたりはひとつのニンゲンのまちにたどりつきました。
 旅をはじめてからはじめて見つけたニンゲンのまちでしたので、ふたりはよろこんでまちに近づいていきました。もしかしたらこのまちが、ふたりの目指している「どこか」かもしれないのです。
 ふたりがまちに入ると、まずひとりのニンゲンがとても大きな声でさけんでどこかに走っていってしまいました。その声と反応にびっくりしているうちに、何度か大きな鐘の音がして、いつのまにかたくさんのまちのニンゲンにふたりは取り囲まれてしまっていました。
 ふたりは一体何がおこっているのかよく分かっていませんでしたが、まずはおはなしをしようと思って、キカイリュウのおなかを開けました。
 重なった牙がぎぎぎと音を立てて開いて、おなかの中から少年が顔をのぞかせた瞬間、人垣から悲鳴ともおどろいた声ともつかない声が上がりました。
 キカイリュウのおなかから降りた少年は、まちのニンゲンに「こんにちは」と言おうとしました。
 するとまちのニンゲンはあわてて少年のうでを捕まえて、ニンゲンたちの中に連れていってしまいました。
 まちのニンゲンはしゃがんで少年の頭をなでました。
「大丈夫か? こわかっただろう?」
 少年は質問の意味が分からずに「こわくなかったよ」と答えました。
 まちのニンゲンはよくわからない表情をしながら、また、少年の頭をなでました。
「さぁ、おいで」
 まちのニンゲンに手をひかれて少年はどこかに連れていかれました。少年はキカイリュウもいっしょにつれていこうとしましたが、まちのニンゲンにつよく引っ張られてしまって、キカイリュウの姿はキカイリュウを取り囲んだまちのニンゲンたちにどんどんおおいかくされて、見えなくなってしまいました。
 そのまちは、とてもかわいたまちでした。ほんの少しの風でも砂はまきあげられて、息をすると口の中に砂が入ってきました。そのかわりなのか、空は雲ひとつないきれいな青色をしていました。
 それを今すぐにでもキカイリュウに教えてあげたいのに、今はキカイリュウは隣にいなくて、少年はちょっぴり不機嫌になりました。
 少年はまちのまんなかの大きな家の中に連れていかれて、ひとりのニンゲンに引き合わされました。
「かのじょがきみのあたらしい「おかあさん」だよ」
「おかあさん?」
 それは年を取った女の人でした。「おかあさん」はとても優しくて、少年はすぐに「おかあさん」のことが好きになりました。
 少年は思いました。きっと「おかあさん」ならキカイリュウのことも好きになってくれると。
 家の中にたくさんのニンゲンが入ってきて、少年はいすに座らされました。
「かわいそうに」「キカイにつかまっていたのでしょう?」「もう大丈夫だぞ」「わるいキカイはつかまえたから」「すぐにこわしてしまおう」「まて、かんさつがさきだ」「いまはおとなしくしているがいつあばれだすか……」
 少年は何かがおかしいと思いました。何かをかんちがいされてると気付きました。
「ちがう、ぼくは」
 少年が声を上げて立ち上がったそのとき、オオオオンと、岩の間を抜ける風のような、とても低くてぼんやりとして長い音がしました。少年の目の前に置いてあった器がかたかたと揺れて、少年の周りにいたニンゲンはぎょっとして顔を見合わせます。
 だけど少年には分かっていました。あれは「きみ」の声だ。聞いたことはないけれど、そう確信していました。
 少年はとめる周りのたくさんの大人をふりきって、家の外に走り出ました。
 家の外にはたくさんのニンゲンがいました。あいかわらず空は青色で、風にはたくさんの砂が混じっています。さっきと違うのは、ばらばらの方向を向いていたまちのニンゲンたちが、みんな一様にまちの入り口を指しては、早口で何かをまくしたてていることでした。
 オオオンと、きみの声が聞こえました。次いで、石の地面を何度も踏みつける音が、ニンゲンの悲鳴が、遠くで何かががらがらと壊れていく音が聞こえました。
 まちのニンゲンたちはみんな、すっかりおびえてしまって、あわてて家の中に逃げ戻っていきました。少年は首をかしげました。
 少年には彼らが理解できませんでした。
 だって、キカイリュウは背が高くて足音が大きいけれど、少年を食べたり踏みつぶしたりはしないのに。
 でも、きっとそれを教えてあげれば分かってもらえる。そうやって少年は考えて、逃げていくまちのニンゲンに話しかけました。
 だけどまちのニンゲンはみんな、何か変なものを見るような目で少年を見下ろすだけでした。
「こいつはキカイをつれてきた」「キカイのなかまかもしれない」「こどものすがたをしているがキカイなのかも」「まちをこわすためにきたのか」「キカイめ」「キカイめ」
 ちがうのに。キカイリュウはぼくとおんなじで、ぼくとなんにもちがわないのに。言い返そうと口を開いたその時、慌てて走り出てきた「おかあさん」にうでをつよくつかまれて、少年は家の中に引き戻されてしまいました。
 ばたんと木の戸がしめられました。しばらくの間はまちのニンゲンの悲鳴だったり、物音だったりが聞こえていましたが、やがて外から聞こえるのはキカイリュウの足音だけになり、もう少し経つとそれもどんどん遠ざかっていきました。
 少年は何度もキカイリュウを追いかけようとしましたが、まちのニンゲンたちはそれをゆるしてはくれませんでした。
 少年には彼らが理解できませんでした。キカイリュウがまちにいることの何がいけないのでしょうか。少年とキカイリュウがいっしょにまちに来たことの何がそんなにいけないのでしょうか。
 辺りが暗くなってしまってから、少年はそっと家を抜け出しました。
 見上げると、あれだけ青かった空は、今は夜の色にすっかり塗りつぶされてしまって、ぽつんぽつんと星が光り始めていました。
 そのまままちのニンゲンに気づかれないようにまちを出ようとする少年を、「おかあさん」が引き止めました。
「いくんだね」と「おかあさん」は聞きました。
「ぼくはキカイリュウとたびをしているから」と少年は答えました。
 「おかあさん」は無言のまま色々なものを少年に渡しました。食べ物が詰まったかばん、水の入った袋、大きな一枚布みたいな服、それからカンテラを。
「もっていきなさい」
 少年はカンテラを持ち上げて、もうすっかり日の暮れた空に透かしてみました。カンテラの中には光る玉が入っていて、カンテラを揺らすたびに小さくまばたきするみたいに瞬きました。カンテラのガラスを透かして見た夜空の星も、おんなじように瞬いて見えました。
「ほしをとじこめたの?」
 「おかあさん」は肯定も否定もしないで、ただ小さく笑いました。
「さようなら」と少年は言いました。
「さようなら」と「おかあさん」も言いました。
 少年はまちを出て、空にむかってのぼっていくみたいな坂道を一歩一歩のぼっていきました。ずいぶん行って振り返ると、まっくらの中にぽつんとまちの光があって、地面におっこちてしまった星みたいでした。
「さようなら」と少年はもう一度言いました。
 きっとここは、ふたりが目指している場所ではなかったのです。

 丘の上にはキカイリュウがぽつんと座りこんでいました。キカイリュウは少年を見つけると、長い首の先についた小さな頭で何度も少年に触れました。それはなんだか少年をたしかめているような動きでしたが、こそばゆくて少年は声を上げて笑ってしまっていました。
 少年は本当に分からないと思いました。どうしてまちのニンゲンはキカイリュウをこわがったのでしょう。
「まちのひとが、いろいろなものをくれたんだ」
 少年はキカイリュウに「おかあさん」からもらったものを見せました。キカイリュウはつついたり、やさしくかじってみたりしてひとつひとつをたしかめていきました。
 キカイリュウがつつくたびに、カンテラにとじこめられた星の欠片はからんからと音を立てて揺れました。ふたりは楽しくなって、しばらくカンテラを揺らして遊んでいました。
「だけど、きみはまちにすんではだめなんだって」
「なぜ?」とキカイリュウはたずねました。
「わからない」と少年は答えるしかありませんでした。


[2016年 03月 04日]

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