3.最後の鷲王 01

 彼の者の目が私を見ている。
 私を押し流すあぶくたちも同様に。
 ここは一つの終着点。
 全てはここより始まり、ここより繋がれる。


 アクィラ九世はうめき声を上げながら、箱から離れる。
 覗き見たアクィラ王家の記憶が意識の中を蠢きまわり、こらえきれず彼は床に胃の中身を吐き戻した。
 腹を押さえ、磨かれた神殿の床に向かって、大きく口を開ける。喉の奥からせり上がり排出されていく不快感によって、アクィラ王家の記憶はほんの少し薄れた。
 壁に描かれた神々の絵を見ないように、白い布で顔を覆った奴隷が入ってくる。吐瀉物を片づけにきたのだ。奴隷は先日見た者からまた新しい者へと変わっていた。噂によれば、この神殿付きにされた者は、私に従うのが嫌でわざと非礼を働いてはもっと過酷な場所へと回されているらしい。自覚してはいるが、奴隷にすら軽んじられている現状を彼はそっと嘆いた。

 アクィラ九世はまだ年若い少年である。腕や足は細く、剣や槍を振るうこともできない。本来ならば彼のような年齢の者が王となることは無い。だが先代アクィラ八世が流行病に倒れ、三人いた兄達も立て続けに原因不明の死を迎えたことから、慌てた元老院によって擁立されたのがアクィラ九世であった。
 王として即位した時、九世はまだ物心ついたばかりの年の頃であった。それ故に当時はよく理解していなかったが、おそらく父と兄たちは謀殺されたのであろう。アクィラ九世が即位することによって利益を得る誰かによって。
 だが、その誰かの目論見は、即位後行われた初めての「先見」によって大きく崩れることになったはずだ。
 アクィラ九世は「先見」によって、アクィラ王国の終末を予言したのだ。
 焦ったのは元老院だ。元老院の思い通りに自由に動かせる王となるはずの存在が、そのような謀略など無意味のものとするほどの未来を予言してしまったのだから。
 元老院は、王国崩壊の原因を、ひいてはそれをくい止める方法を探すよう、物心ついたばかりの王へ進言した。王はそれを快諾し、「箱」を覗いては王国崩壊を避ける方策を探し続けた。そうしてアクィラ九世は十の齢になっていた。


 円形に作られた石造りの議席。そこに有力な貴族出身の議員たちが、中央の王を取り囲むように立っている。
「王よ。今日こそ何か有益なものは得られましたかな?」
「王国の崩壊を止める術は」
「我等の未来はどうなるのです」
「神託を」
「「箱」の神託を」
 彼らから矢継ぎ早に投げかけられる問いを遮り、「五世の記憶であった」とだけアクィラ九世は答える。議席から溜息が聞こえた。
「では記録をつける必要がございますな」
「書記官を用意させましょうぞ」
 暗に退出を促され、王は無言のまま元老議会を後にした。

「また失敗か……」
「最近の坊やは有意義な神託を行わない」
「崩壊を止める気はあるのか?」
「いっそ新しい者にすげかえるべきなのでは」
「待て、そうなると誰が王となるのだ」
「王の一族はもうあの坊やしか残っていないぞ」
「それならばこのガイウスの一族より出すべきだろう」
「馬鹿な。そう易々と王の血無しに王になれるものか」
「せめてもう三つ四つ齢を重ねていれば適当な女をあてがったものを……」

 柱の陰に隠れて聞きながら、「やはりこんなものだ」と王は落胆した。
 元老院は元々王への助言機関として、貴族達を集めたものである。本来ならば、王に向かってこれほど無礼な物言いができる者達ではない。
 もしアクィラ九世が何も知らぬただの子供であれば、この扱いに不満も違和感も覚えることはなかっただろう。
 だが、アクィラ九世はただの子供ではない。
 神の「箱」より未来を知る「先見」の王であり、代々のアクィラ王全ての記憶を有する者でもある。それ故に、彼は己の扱いが不当なものであると知っていた。同時に、それを覆す術は今の己にはないことも。



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