2.箱の記憶 03

 ゆっくりと目を開く。あたたかく熱を含んだ日光が、顔に、手に、降り注いでいる。よく日に焼けた腕が見える。手首には木をくり抜き装飾を施した赤い腕輪がはまっている。身じろぎすると、その腕もぴくりと動いた。私はそこでようやく、それが己の腕だと認識した。
 私は既に理解していた。これはいつまでも続くのだ。
 これから私は、兄王の依頼を受け、父王を見つけ、そうして殺される。

「王よ、本日は兄王と会食がございます」
「行ってくれるな、アクィラ」
「これを持ち帰れ。これこそが我等が探し求めていた神の「箱」だ」

 我等が矢を射かけられたのは、人の領域へと帰還する直前の出来事であった。
 飛来した矢はまず、先導していたアクィラ王の肩を貫いた。アクィラ王は足を踏み外し、崖下へと落ちた。残された従者がどうなったのかは我等には分からない。
 だが、いくら叫ぼうと返事の無かったことを考えるに、その後射かけられた矢によってか、それとも近くに潜んでいた刺客によってかは分からないが、命を落としたであろうことは間違いないだろう。
 結局私は三度目の死を断末魔すら上げられないまま待つ他はなかった。
 そうして反転――

   *

 ゆっくりと目を開く。あたたかく熱を含んだ日光が、顔に、手に、降り注いでいる。よく日に焼けた腕が見える。手首には木をくり抜き装飾を施した茶色の腕輪がはまっている。身じろぎすると、その腕もぴくりと動いた。

「王よ、本日は兄王と会食がございます」
「行ってくれるな、アクィラ」
「これを持ち帰れ。これこそが我等が探し求めていた神の「箱」だ」
「本当に生きて帰ってくるとは! お前こそが神の認めた真の王だ!」

 異国の女に誘われるまま、アクィラ王は寝台へと腰かけた。女はアクィラ王の衣服へと手をかけ、慣れた手つきでそれらを解いていった。
 しかし女が自らの衣服に手をかけたその時、女は緩やかな袖口から短剣を取り出し、アクィラ王の腹に突き立てたのだった。
 またもや死は速やかには訪れなかった。我等が立ちあがれぬよう、女は念入りに何度も短剣を振り降ろしたというのに、女の細腕ゆえか、我等を即座の死に至らしめるには足りなかったのだ。一人取り残された寝台の上で、私は緩やかに訪れる死を待つ他はなかった。
 そうして反転――

   *

 ゆっくりと目を開く。あたたかく熱を含んだ日光が、顔に、手に、降り注いでいる。生気のない青白い腕が見える。手首には石を削り装飾を施した青い腕輪がはまっている。身じろぎすると、その腕もぴくりと動いた。

「王よ、本日は兄王と会食がございます」
「行ってくれるな、アクィラ」
「これを持ち帰れ。これこそが我等が探し求めていた神の「箱」だ」
「本当に生きて帰ってくるとは! お前こそが神の認めた真の王だ!」

 アクィラ王は金の毒杯を兄王へと与え、兄王は毒を飲んで死んだ。そして兄王が死んだ後、アクィラ王は暗殺を恐れて自らの居所から滅多に出ないようになった。私とアクィラ王の認識が一致していたがためだった。
 しかし正式に王として即位したことを知らしめる式典、その最中にアクィラ王は複数の臣に剣を向けられた。彼らは兄王に近しかった臣たちであった。切っ先が私の全身に何度も突き刺さる。
 そうして反転――

   *

 ゆっくりと目を開く。あたたかく熱を含んだ日光が、顔に、手に、降り注いでいる。生気のない青白い腕が見える。手首には木をくり抜き装飾を施した赤い腕輪がはまっている。身じろぎすると、その腕もぴくりと動いた。

「王よ、本日は兄王と会食がございます」
「行ってくれるな、アクィラ」
「これを持ち帰れ。これこそが我等が探し求めていた神の「箱」だ」

「こいつを殺せ」
 「箱」を持ちかえった我等に兄王からかけられたのは、思いもよらぬ言葉だった。
「お前は我が弟ではない! 私がつけた護衛たちがいないではないか!」
「無傷で「森」から帰ってこられる人間がいるものか! さあ早く誰かこいつを殺せ!」
 弓が引き絞られ、矢が放たれる。倒れ伏したアクィラ王に、何度も何度も刃が振り降ろされる。
「何故お前なのだ、何故、何故!」
 必死の形相でこちらを見下ろす兄王の後ろには、浅黒い肌をしたあの異国の女が無感情に立っていた。
 そうして反転――



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