鷲の青年 02

 兄王に疎まれている自覚はあった。
 アクィラが生まれた時、兄王はすでに十の齢であった。兄王ミルヴームとアクィラは別腹の生まれである。兄王の母は兄王を産んだ時に身罷っていたが、とある事情から息子がもう一人必要になった先王は侍女にもう一人、男児を産ませた。それがアクィラだった。
 兄王には人望があった。決断力があり、その行動はいつだって民を惹きつけた。ともすれば暗君と呼ばれかねないほど苛烈な気性も、父王の優柔不断さを好ましく思っていなかった者たちには大いに支持された。兄王は完璧だった。ただ一つ、先見の力を示せなかったこと以外は。
 先見とは先を見る力、即ち未来を見通す力を持つ者を指す。我が国に限らず人は「森」に沿う形で国を作る。そうでなければ人は生きられない。「森」の他にあるのは、生命なき荒野だけなのだから。
 しかし「森」は容赦なく人の領分を侵し、「森」へと取り込んでしまうのだ。
 そんな中、先見の力によって我が国は、「森」の侵攻を避け、領土を広げていた。だからこそ我が国には、生まれの早い遅いに関係なく、先見としての力を示した者しか王になれない掟があり、いかに絶大な権力を握った兄王ミルヴームといえど、易々と先見の掟を変えてしまうことはできずにいたのであった。
 いつかは排除されるだろうとは思っていた。アクィラに先見の力があると知れてからは、これ以上力をつけぬように兄王によって中央から引き離され、周囲の有力な臣たちは次々に懐柔されていった。
「しかしまさか正面から死んでこいと言われるほどとは思っていなかったな」
 アクィラの明け透けな物言いに侍女たちはぎょっと顔を見合わせる。アクィラは手を振って侍女たちに退出を促した。
「……ケルウス。何か言いたそうだな」
「王、王よ。どうかお考え直しください。どうして貴方が死ななければならないのですか!」
 涙混じりの叫びに、アクィラは苦笑で返した。
「……声が大きいぞ、ケルウス。侍女たちに聞こえたらどうする」
「構いません。貴方が兄王に殺されそうになっていることなど、侍女たちも既に気づいているでしょう」
「それはそうだろうがな。あまり怖がらせてやるな。彼女らにはこれからも人生があるのだ。知らないことにしたほうがいいこともあるだろう」
 幼子に諭すように言ってやると、ケルウスはさっと顔色を変えて、掴み掛らんばかりの勢いでアクィラに詰め寄った。
「どうして、貴方は、そのような……!」
「落ち着け、どうした急に」
 ケルウスは数度荒々しく息を吐き出した後、急に静かな声色で語りだした。
「辺境に、我らとは異なる神を奉じる小さな一族がいると聞きます。彼らに保護を求めれば……」
「ケルウス」
 名を呼び、話を遮る。諦め切った笑みで、ケルウスの目を見る。
「お前も分かっているだろう、兄王はそんなことを許しはしない」
 それだけでケルウスには伝わったようだった。強い抵抗の意思を宿していた顔面がぐしゃりと歪み、獣の唸るような声を上げて、ケルウスは泣き崩れた。
「ならばせめて、私も共にお連れください……!」
「ん。元よりそのつもりだよ」
 足元に縋り付く臣下に、精一杯の優しさと我儘をもって声をかける。
「ケルウス、私の唯一の臣よ。最後まで私の供をせよ。……一人で死ぬのは流石にこわいのだ」
「仰せのままに、我が王よ」
 道理の分からぬ子供のように泣き続ける男が落ち着くまで、アクィラ王はその頭を撫でてやった。



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