「青い鳥」

青色の小さな鳥を、キカイリュウは追いかけていた。油と石炭の匂いのする街中を小鳥は飛んでいく。ゆっくりと大通りを行く馬の足音。大荷物の幌馬車。「あぶねえぞチビ!」馬車からの大声。慌てて馬車を避ける。小鳥の進行方向は狭い道に逸れる。道に張り出すように張られたテント。商人の声。

行き交うたくさんの人間。街一番のマーケット。人々の頭上すれすれを掠め、テントに吊られた何かの干物の間を縫うように青い小鳥は飛んでいく。海よりもずっと濃い青の羽。麻紐で吊られた商品と商品がぶつかり、音を立てる。後を追うキカイリュウ。しかし人波に遮られてその小さな後ろ姿を見失ってしまう。

人々の頭上をふわふわと飛び回り探し回るキカイリュウ。見えるのは人の頭ばかり。諦めて、ある店前の樽の上に着地して、がっくりと項垂れた。「あら、キカイリュウちゃん?いらっしゃい」店の老婆が声をかける。「今日はひとりでおつかいかい?偉いねえ」キカイリュウは首を横に振って否定した。

「違うのかい?」キカイリュウは首肯する。老婆はふと横を向いて何かに気付き、微笑んだ。「ああなるほど、小さなお友達も一緒なんだねえ」キカイリュウの横には、いつの間に来たのか、あの青い鳥がとまっていた。キカイリュウは青い鳥を見て首を傾げ、青い鳥はキカイリュウを見て首を傾げる。

「そうだキカイリュウちゃん。良かったらこれ貰ってくれないかい?」老婆は果実を一つ差し出した。よく熟れていて美味しそうだが、半分ほど潰れてしまっている。「運ぶ途中で落としちまってね。もう売り物にはできないんだ」キカイリュウは口でその果実を受け取った。そしてそのまま食べようとして、

隣に留まる小鳥の視線に気がついた。飲み込もうと頭を上げた姿勢で数秒間そのまま固まる。そして果物を一旦樽に置いたあと、少し千切って小鳥の前に置いた。残りをすぐに飲み込むキカイリュウ。小鳥も目の前に置かれた果物の欠片を少しつつくと、小さな足で持ち上げて飛び立った。

キカイリュウも背中の駆動部を動かして慌てて飛び立つ。またおいで、と老婆が言う声がぐんと遠ざかる。小鳥は、今度は行き交う人々の遥か頭上を飛び越え、街の喧騒からは離れた場所へと飛んでいく。錆びた鉄管。濁った水滴が落ちる音。無数の鉄管は建物の壁を覆い尽くすように絡まる。

遠い昔に放棄され、今は訪れる者の無い区画。巨大な工場跡地。立入禁止を示す看板があちらこちらに突き刺さっている。いつ崩壊してもおかしくはない建物と建物の隙間。その内側へと内側へと、青い小鳥は飛んでいく。

キカイリュウがやっと通れるくらいの細い道。小鳥は何にもぶつからずにすいすいと飛んでいく。また小鳥を見失いそうになり、焦るキカイリュウ。背中の機構が音を立てて、形を変える。加速。体を捻って、何度も障害物をよける。加速。加速。加速。崩れかけた壁の間を通り抜けて、急に開けた場所に出る。

鳥の鳴き声。廃工場群には似つかわしくない鮮やかな青色が目の前を通り過ぎる。キカイリュウは急制動をかけ、地面にぺたんと座り込んだ。

空の色ではない。空は無数の放棄物によって半ば隠されている。鉄管。不法投棄されたガラクタ。導線。石の地面を突き破って生えた植物。隙間から太陽の光がこぼれる。偶然なのか、それとも彼らがそうなるように作ったのか、この広場にあるもの全部が絡まり合って、大きな一つの巣のようになっていた。

何匹もの青い鳥たちがキカイリュウのそばを飛んでいく。体の割に大きな口をめいっぱい開けて、餌を待つ雛鳥。腐食した鉄管の中に、巣を作るたくさんのつがい。あの青い鳥も、餌を待つ子供たちのところに飛んでいき、その口の中に果物の欠片を詰め込んだ。キカイリュウは巣の入口に立ち止まり、それをずっと見上げていた。

―――――

西日が開け放たれた窓へと差し込む。キカイリュウは窓枠にふわりと着地した。「おかえり、キカイリュウ」少年は分厚い本から顔を上げる。本に描かれているのは色とりどりの動物たち。キカイリュウは近付いて、少年に尋ねる。

「絶滅した動物たちの図鑑だよ」絶滅。キカイリュウは首を傾げる。「今ではもうこの世界には存在しないってことだよ」ふたりは精密に描かれた絵を覗き込む。「ここに描かれているのはね、人間が煙を出して、ものを燃やして、街を作っているうちに、いなくなってしまった動物たちなんだよ」

少年はページをめくる。青色。鮮やかな青色。「絶滅してしまう前に、一度会ってみたかったなあ」少年はため息を吐く。キカイリュウは急に激しい動きをすると、図鑑の一部分を示して、何度も何度も叩いた。「え?キカイリュウ、何?」

その図鑑のページには、あの小さな青い鳥が描かれていた。


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