お題:ご飯は残さず食べなさい #深夜の真剣文字書き60分一本勝負

 私のお母さんはテーブルマナーに厳しい。
 「食事中は立つな」だとか、「食べ残しはするな」だとか、「食事には手だけを使いなさい(尻尾で調味料を取るんじゃありません)」だとか。
 だというのにグルメで、食べ物は新鮮で活きのいい物ばかりだから始末に負えない。
 ある日、夕ごはんを食べきれなかった私は、お母さんに怒られるのが嫌でこっそり服の中に一つだけ食べ物を入れて隠した。
 小腹がすいた時にでも食べようと思ってした行動だった。でもふと思い立ってその食べ物を森に帰してやったのがことの始まりだ。
 それは本当に気まぐれで、大人に対してのちょっとした反抗のつもりだった。一度捕まえた食べ物を森に帰すだなんて本当はやってはいけないことだったから。
 次の日、食卓に並んだ食べ物を見て私はぎょっとした。昨日逃がしてやったはずの食べ物が再び皿の上に並んでいたのだ。もしかして昨日やったことがバレてしまったのかと、おそるおそるお母さんを窺ったが、お母さんは気付いていないようで黙々と食事を続けている。
 私はそれをどうにも食べる気がしなくなってしまって、再び服の中に隠して逃がしてやった。
 その次の日、またその食べ物が食卓に並んでいた。お母さんをうかがったが、やはり気付いていないようだ。私は結局その日も食べ物を逃がしてやった。
 でもおかしなことは続くものだ。
 三日目になると、呆れの感情が出てきた。嬉しそうにすり寄ってくるそれを手慣れた手つきでつまんで、服の中に隠した。
 五日目にもなると、もう意地だ。森のうんと奥深くにまで連れていって、丁寧に言い聞かせて逃がしてやった。
 七日目の晩、今日も服の中に「食べ残し」を入れて、深夜、家を抜け出す。
 どうして戻ってきちゃうの!
 声をひそめながらも強い口調でそれに言い聞かせる。
 すると、人間と呼ばれる小さなその生き物は、満面の笑みで腕を広げた。

「だってきみに恋をしたんだ!」



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