お題:静寂 #深夜の真剣文字書き60分一本勝負

 夜を塗りつぶしたような静寂に、クジラの歌が聞こえる。
 沈みゆく僕の体に仲間たちの白い指が絡む。僕は無数の腕に身を任せて、海面を見上げながら沈んでいく。
 仲間たちの血の通わない冷たい手は僕にとっては気持ちがいい。顔をすりよせると、水底に引きずり込む力がぐんと増す。
 日が落ちてもう随分と経つこの場所には、忙しなく泳ぎまわる影も少ない。皆、岩影でひっそりと朝を待っているのだろう。僕は観念して、首のひだに残っていたあぶくを一気に吐き出した。
 あぶくは揺らぎ、遠ざかっていく。手足に留まっていたあぶくたちもいつか指の間をすり抜けて去っていくのだろう。
 くう、くう、と遠く、母クジラが泣いている。
 それでも僕は陸に憧れる。



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