A.D.7875 洋上にて

 塔の先端には灯りがともっている。
 灯りは一定の間隔で点滅し、夜の中でこの船の位置を示している。灯りは何かを照らせるほどは強くなく、だけどいつまでも変わらず同じ間隔でともっていた。
 男は灯りを見上げていた。
「夜だね」
「ん。夜だな」
 いつの間にか隣に立っていた彼が、食べ物を差し出す。
「食べる?」
「食べる」
 男は甲板の上に座って、包装紙を破った。彼はその隣にそっと座った。
「おいしい?」
「ん」
「そっか」
 彼は嬉しそうにひひひと笑った。そうして男の隣で夜空を見上げた。
「あのね、推定ヒューマン。あれは星っていうんだよ」
「知ってる」
「知ってたかー」
 彼の尾が機嫌良さそうにゆらゆら揺れた。
「じゃあこれは知ってる?」
「なんだ」
「あの星のひとつひとつにはねいろんなものが生きているんだよ。空でしょ、地面でしょ、風、水、土、人間、それから竜!」
 彼は星々を指さした。
「あんたは物知りだな」
「昔教えてもらったんだ」
「そうか」
 それから彼はしばらく黙っていた。男は食物の欠片を口に放り込んだ。
 今はもう随分と遠くなった星々が、二人の頭上にあった。彼は柔らかい手足の感触を確かめるように、何度も指を閉じたり開いたりしていた。
「あのね推定ヒューマン」
「なんだ」
「はじめて会ったときに名前はナイショって言ったけどさ」
 彼はもじもじと指と指を絡ませてためらったあと、消え入りそうな声で言う。
「おれの名前は、ひるっていうんだ」
「ふうん」
 男はもそもそと乾燥した物体を咀嚼した。
「反応がうすいー!」
「そうだな」
「もー!」
 彼の尾がべしべしと甲板を叩いた。男は食べ終わった包装紙を結んで小さくしていた。
「ねえねえ推定ヒューマンの名前は何ていうの?」
「んー」
 男は空を見上げながらぼんやり考えた。空には星々が散らばって輝いていた。
「じゃあ、よる」
「よる?」
「あんたはひるなんだろう? じゃあ俺はよるでいいだろ」
 彼はきょとんと一回首を傾げた。そしてすぐに押さえきれない嬉しさを顔面ににじませて、彼は何度も繰り返した。
「ひひひ! よる! よる!」
 足をぱたぱたとばたつかせて彼は笑う。
「ね、ね、ひるとセットなら、つきとかよみとかでもいいんじゃない?」
「なんの話だ?」
「ひひひ、なんでもないよ」
 ひるは上機嫌に尻尾をゆらゆらと揺らしながら、甲板の上に置かれたよるの手の上に自分の手を重ねた。
「あのね。これからよろしくね、よる」
「ん。よろしくな、ひる」



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