「語り部の見た世界」15

 おしまいのまちから続く咳は、ますます酷くなるばかりでした。青年は時々、咳に混じって血を吐きました。その度にふたりは立ち止まって、しばらく後にまた歩き出しました。
 青年は、もう限界が近いのだと感じていました。
 最後に日が沈んだ時、青年はキカイリュウに寄りかかりながら言いました。
「ねぇ、キカイリュウ。きみの中に入ってもいい?」
 キカイリュウは何も言わないまま、腹の牙を開けてくれました。ぎいぎいと軋む音を立てながら。こどもだったあの頃と全く同じように。出会った時と、きみがぼくを助けてくれた時と同じように。
「ありがとう」
 カンテラを地面に置いて、青年はキカイリュウの中に入りました。
 キカイリュウの腹の中は、とても窮屈でしたが、とても落ち着く場所でした。
 まるで最初からこうあるべきだったように。
 青年はキカイリュウに尋ねました。
「「生きる」とはなんなのだろうね」
「うごきつづけることだよ」
 キカイリュウはいつか青年が教えたことをそのまま答えました。
 青年は過去の自分に答えられたような気がして、少し笑いました。
「そうだね、だけどそれだけじゃない」
 地面の上でカンテラは消えてしまいそうな光を放っていました。あのカンテラの中に、星を閉じこめたと聞いたのはいつのことだっただろう。
「うごくことは、とてもおそろしいことなんだよ。キカイリュウ」
 キカイリュウは何も言いませんでした。もしかしたらまた眠ってしまったのかもしれない。青年はそう思いましたが、構わずに話し続けました。
「このせかいではね、ほんの少しうごいただけで、誰かにぶつかってしまうんだ」
 ニンゲンは違ってしまう生き物だ。違うからうごくとぶつかって、そうして、決して消えない傷を受け取ってしまう。
「とても窮屈だ」
 吐き出すように青年は言いました。
「「生きる」とはなんなのだろうね」
 今度は答えはありませんでした。ただきみの心臓の震える音だけが、きみとぼくだけのせまいせかいで響いていました。
「生きることが動くことなら、死に向かっていくことだというなら、争うことだというのなら、世界の思い通りに終わっていくことだというのならーー」
 小さく、息を吸いました。
「ぼくは、生きていたくはないよ」
 きみが震えたような気がしました。
 青年は体を丸めて数度咳きこみました。息をしているだけなのに喉がひゅうひゅうと鳴りました。
 指先が震えて、だんだん力が入らなくなっていきます。
 ぼくは、なんのために。
 そんな疑問がふと浮かびました。
 とても簡単なことだった気がしました。だけどもう、うまく思い出せません。
 青年はキカイリュウの真ん中に問いかけました。
「キカイリュウ、眠ったの?」
 返事はありませんでした。
「ぼくも眠るよ」
 ぼくはいまから、きみがけっしてみつけられないばしょにいく。
 キカイの心臓に。開けてはならない、箱の中に。
 ぼくはやっと、きみといっしょになれる。
 ぼくは、ずっとずっと、それをのぞんでいた。
 ぼくはきみがうらやましかった。
 ずっとこどものままでいられるきみがうらやましかった。
 ぼくはずっとこどもでいたかった。
 ぼくはきみになりたかった。きみといっしょでありたかったんだ。
 息苦しさは消えません。手足ももう動きません。だけど、青年は今、とても穏やかな気分でした。
 ああ、もう、なにもいらない。
 ニンゲンでなくていい。キカイになれなくてもいい。
 いきつづけられなくても、きみがきづいてくれなくてもいい。
 こころだけでいい。このおもいだけでもいいから。
 ぼくときみがいっしょでいられる場所に。いつまでもふたりで旅を続けられる場所に。
 どうか、どうか、たどりつけますように。
「おやすみ、キカイリュウ」
 青年はゆっくりと瞼を閉じました。キカイリュウの心臓の音を聞きながら、優しい暗闇が彼を満たしました。
 静寂の中、地面に置かれたカンテラの光がふっと消えました。
 そうしてそれっきり、青年は二度と動くことはありませんでした。


[2016年 03月 20日]

inserted by FC2 system