「語り部の見た世界」07

 むかしむかし、おとぎばなしの続きのおはなし。
 キカイリュウと少年は、ふたりで旅をしていました。
 ふたりはふたりとも行く場所がなくて、ふたりはふたりとも帰る場所がありませんでした。
 だからふたりは「いっしょ」で、だからふたりは「おんなじ」の――はずでした。

 歩いても歩いてもあるのは荒野ばかりでした。強い風に巻き上げられた砂が、時折、命を与えられたかのように宙を駆け巡って、どこまで続くかもわからない旅を続けるふたりにぶつかってきました。それでもふたりは歩き続けました。
 ふたりとも、どこに向かっているのかは知りませんでしたが、それでもふたりはどこかに向かって歩き続ける他ありませんでした。
 ふたりは考えていました。どうしてニンゲンのまちにキカイリュウがいてはいけないのかを。
 ふたりは考えていました。だけど少年は、実はなんとなくその理由を理解していました。でもそれを、うまく言葉にすることができませんでしたし、無理に言葉にしようとも思いませんでした。
 少年は気づいていました。「それ」が気づかない方がいいものだと、そう直感していました。
 そんな答えの出ないことを考えながら進んでいくと、ふたりはまた、ニンゲンのまちに辿りつきました。
「くるな!」「ひとごろし!」「あっちへいけ!」
 まちのニンゲンはふたりに石を投げてきました。石はキカイリュウのかたい肌に当たって、少年に当たることはありません。しばらく待っていましたが、石以上の攻撃がまちのニンゲンから飛んでくることはありませんでした。
 少年はすこし成長していましたので、このまちのニンゲンは、石を投げる以外にキカイに対抗する術がないのだと気づきました。
 そこで、少年はキカイリュウの腹から出て、話をしようとしました。もしかしたら、彼らにキカイリュウがやさしいキカイだとわかってもらえれば、このまちでふたりいっしょに暮らしていけるかもしれないと考えたのです。
 しかし、少年がキカイリュウの腹から顔を出した瞬間、拳くらいの石が少年の額に命中して、額を手で押さえながら少年はキカイリュウの腹の中に転がり戻りました。それは、石に当たったことに驚いたからでもありましたが、それ以上に、少年に石が当たったのを見たキカイリュウが突然暴れだしたのが原因でした。
 キカイリュウのとても大きな声が体の内側にわんわんと響いて、耳が潰れてしまいそうでした。キカイリュウの腹の中で体のあちこちをぶつけながらも、少年は立ち上がって外を見ました。
 石をぶつけてきた犯人は、キカイリュウに服をくわえられて持ち上げられていました。宙に浮いた足をばたばたと動かしながら叫んでいるそれは、ちょうど少年とおなじくらいのこどもでした。
「とうさんもかあさんもキカイにころされた! ともだちもぜんぶぜんぶキカイがたべてしまった! ゆるさない! ゆるさない!」
 まちのこどもの話はうまく頭に入ってきませんでした。
 そのこどもがキカイリュウに襲われているのに、何故か自分が襲われているような気分になりました。そのこどもが自分自身のように見えました。そんなはずはないのに、じわじわと広がっていく額の痛みがそれを裏付けているような気分になりました。
 キカイリュウは一際大きく声を上げました。聞いたことのない音がキカイリュウの腹から鳴りました。
 少年が振り返ると、キカイリュウの腹の中の小さくて細い無数の腕たちが、キカイリュウの興奮を表わしているかのようにぎしぎしと音を立てて蠢いていました。それはまるではやくニンゲンを食べたくて舌なめずりをしているように見えました。細い腕が少年に触れました。いつも平気で触れていたはずのものなのに、少年はそれを避けてしまいました。少年は、自分がキカイリュウに食べられてしまう姿を、はっきりと想像してしまいました。細い腕の群に、腹の奥に、自分が巻き込まれて飲み込まれていく姿をはっきりと想像してしまいました。
 その瞬間、少年にはキカイリュウがとてもおそろしくて、とてもとても遠いもののように見えたのでした。
 キカイリュウはこどもをくわえた頭を大きく振りました。その姿は、本当はどうだったのかは分かりませんが、キカイリュウがこどもを頭からぱっくりと食べようとしているように見えました。
「まって、……やめて!」
 その声が聞こえたのか聞こえなかったのか、キカイリュウはまちのこどもをそっと地面に下ろしました。まちのこどもは、腰が抜けてしまったのか呆然と地面に座り込んでいました。
 少年は長く長く息を吐いて、へたりこみました。
 そんなはずがないのです。キカイリュウがニンゲンを食べるはずなんてないのです。だってキカイリュウは、少年を助けてくれた、優しいキカイなのだから。
 それなのに、体の震えは止まりませんでした。うつむいて震える少年の顔から、赤色の血がぽたぽたと落ちました。
「……おかしいよ」
 地面に下ろされたこどもと目があいました。まちのこどもは、怒りと怖れの入り混じったとてもおそろしい目でふたりを睨みつけていました。少年は、キカイがどれだけ嫌われているのかを、どれだけ憎まれているのかを知りました。ニンゲンとキカイがいっしょにいることがどれだけ異常なことなのかも。
「いこう」
 少年は、震える声でキカイリュウにそう促しました。
 まちが砂の向こうに見えなくなっても、少年はキカイリュウに一言も話しかけることができませんでした。
 ずっと押さえていた額の血はもう止まっていました。だけど服についてしまった血の染みは消えません。
 ニンゲンは石がぶつかれば、けがをするし、血もでるのです。少年はそして、石を投げられても傷一つつかなかったキカイリュウのことを思いました。
 「ぼく」と「きみ」は決定的に「違う」のだと、少年は理解せざるを得ませんでした。
「ぼくたちは、いっしょにいてはいけないのだって」
 少年は、搾り出すようにして、やっとそれだけを言いました。
「なぜ?」
 キカイリュウは本当に不思議そうに尋ねました。
「……わからない」
 少年は、嘘を吐きました。


[2016年 03月 08日]

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