「語り部の見た世界」03

 むかしむかし、おとぎばなしの続きのおはなし。
 キカイリュウと少年は、ふたりで旅をしていました。
 ふたりはふたりとも行く場所がなくて、ふたりはふたりとも帰る場所がありませんでした。
 だからふたりは「いっしょ」で、だからふたりは「おんなじ」でした。

 キカイリュウと少年は、荒野をたったふたりであるいていきました。
 キカイリュウのいた「森」も少年がいた「まち」も、もうずっと後ろに遠ざかってどんどん見えなくなっていきました。
 ふたりが歩いていく先に見えるのは荒れた野ばかりで、ここから先の世界にはふたりだけが生きているように少年には見えました。
 そんな光景をキカイリュウのおなかの中から見つめながら少年は「せかいはどんどんしんでいくの?」といいました。
「しぬってなに?」とキカイリュウはたずねました。
「いきていないことだよ」と少年はこたえました。
「いきるってなに?」とキカイリュウがたずねると、少年はちょっとかんがえて「うごきつづけることだよ」とこたえました。

   *

 「教会」の塔の足下は崖に四方を囲まれたこのまちの中では最もよく作物の取れる場所だった。
 それは土地の肥沃さでも技術でもなく、「呪い子」の力のおかげなのだ。「教会」ではそう教えている。
 まちのニンゲンの中には、そんな力を持っている「呪い子」はニンゲンの姿をしているがニンゲンじゃないと言う者や、「呪い子」にはニンゲンではない証拠に角が生えていると噂する者もいた。
 「教会」のニンゲンにも、「呪い子」は竜の子孫だと言う者たちもいた。
 だけど本当のところは誰にも分からない。「呪い子」が作物のために祈らない日はなかったし、「呪い子」自身が「教会」から出てくることもなかったからだ。
 耕された地面に根をはって、日の光を目指してまっすぐに伸長する作物のそばを通り過ぎると、塔を囲むようにある低い塀が見えてくる。
 塀の内側に沿うように、大きな木が数本固まって立っていて、その根元には奇妙な形をした草が茂っていた。
 人の目がないか確認しながらぐるぐると渦巻く奇妙な植物の覆いを除けると、木の根の股に人ひとりがようやく入れそうな穴が姿を現した。
 アルカは手に持っていたカンテラと本を体の前にしっかりと抱きしめると、その穴の中に体を滑り込ませた。
 ばさりと音を立てて、奇妙な植物がしなっていた枝を元の位置に戻して、アルカの頭上で、穴の入口は再び隠される。
 草と土の傾斜のついた道をゆっくりと滑り降りて、穴の底に着地する。壁に手を当てて立ち上がると天井に頭がぶつかった。染み込むような暗闇の中、アルカは手探りでカンテラを点けた。
 カンテラのぼんやりとした光によって、アルカが降りたその場所が照らされる。そこは天井の低い地下の道だった。道は巨大な植物の根によって形成されていた。
 腰を曲げたまま、ごつごつの壁をつたって緩やかに下っていく道を進んでいく。以前に来たときよりも天井が低くなっているように感じて、アルカは唇を軽く噛んだ。
 この道が狭くなったわけじゃない。ただ、僕が成長しただけだ。
 不安定な木の根の道は、どこまでも長く暗く続いていった。
 歩いて歩いて、外の光が懐かしくなった頃に、まず水のにおいがした。しばらく進むと、今度は水の流れる音が微かに聞こえた。もうしばらく歩き続けると、目の前に柔らかな光をその隙間から漏らす蔦が現れた。
 出口を覆い隠すその蔦を除けると、目に痛いほどの光が一気に暗い暗い道の中に差し込んだ。
 出口の先には小さな「森」が広がっていた。
 その「森」は壁によって囲われていた。頭上には空の代わりに、中央が大きく崩れ落ちた石の天井があった。天井の穴からは日の光と砂がこぼれていて、ここが地下の空間であることを示していた。
 壁から湧き出る水によって、地面は湿っていた。一歩踏み出して靴裏を水に浸しながら、むっとするような植物の香りを鼻に吸い込む。
 アルカのすぐ近くをトカゲ鳥が奇声を上げながら飛んでいった。トカゲ鳥は落ちていた細い木の枝をくわえあげると、ばさばさと羽ばたいて木の上の巣へと戻っていった。木にあいた穴から顔を出していた小さな獣が慌てて木の中へと隠れた。そのすぐ横を無数の足を持った長い虫が這っていた。絡まるように生い茂る木々の間からも、叫ぶような、歌うような、様々な命の声が聞こえてきた。
 この場所には、地上では目にすることのできない命たちがたくさん息づいていた。
 「森」、風、光、水、閉じ込められた命たち。もう動かないキカイ。歴史の残骸。過去が切り取られた地下の箱庭。
 ここが、「キカイの墓場」だった。
 隠しててごめんね、イラ。
 アルカは心の中だけで友人に謝罪した。
 どこからか訪れた優しい風がアルカの髪を巻き上げた。少し目を細めて、髪を押さえる。
 でも、ここは、ぼくの大切な場所なんだ。
 美しくて、おそろしくて、懐かしい「森」を、アルカは目を細めて見た。
 大切な場所。誰にとっての?
 耳の奥のささやき声がそうやって問う。聞こえないふりをして、アルカはカンテラを消して「森」の中へと歩きだした。
 壁から溢れる水のすぐ近くに、もうほとんど見えなくなった石畳がある。
 慣れた足取りで草花の生命力に飲み込まれつつある石畳を進んでいくと、小さな広場に出た。
 広場にはふたつのキカイが座り込んでいた。
 イラはここをニンゲンに打ち倒されたキカイの墓場だと言ったけれど、実際は少し違う。だってここのキカイたちは壊れてなんかいないのだから。「おじいさん」の研究を手伝うことで少しはキカイの構造を理解することができるようになったけれど、ここのキカイたちの中身に足りない場所はなかったし、焼き切れたりちぎれている箇所もなかった。
 彼らの体は壊れてなんかいなかった。
 なのに彼らは動かない。幼い頃から何度も通いつめているのに、彼らは「森」に飲み込まれていくばかりで一度も動くことはなかった。
 きっと死んでしまったんだ。
 アルカはそう考える。
 死というのはそういうものだ。ある日突然訪れて、何もかもが終わってしまう。どんなに元気でも、どんなに強くても、どんなに正しくても、どんなに普段通りでも。何もかもが唐突に終わってしまう。キカイに死というものがあるのかどうかは知らないけれど。
 ひとつのキカイのそばに座り込んで、アルカは本を読み始めた。
 それは、キカイとこどもが旅をする物語だった。
 あるまちにたどりついたとき、こどもはまちに歓迎されるのに、キカイはまちを追い出される。
 キカイだけが追い出されてしまった理由をふたりは理解することができない。
 だけど分からないままで、結局こどもとキカイはいっしょに旅を続ける。そういうお話だった。
 アルカは、とてもかなしいのに、とても安らかな気分になって、頬を緩ませた。


[2016年 02月 29日]

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