[2016年 02月 21日]
霧は相変わらず深かった。
カンテラの消えてしまったわたしたちはどこに向かえばいいのか分からなくなってしまって、ただ足を動かして歩いていた。
それでも道なき道を進んでいくと、霧の中に今まで見たことのないぐらい大きな山が見えた。その山の情報はわたしには無かった。わたしはそれを知りたいと考えた。きみも「いこう」といった。わたしは岩山にへばりついた狭い道を進んでいった。
途中見つけた横穴の中に入ってどんどん進んでいくと、わたしの頭部の感覚器は熱を感知した。山の中はとても熱いもので満ちているようだった。わたしはそれも知りたくて、穴の中をさらに進んでいった。
歩いていくと開けた場所に出た。山の中にはとても広い空間があった。天井は霧がかかっていてよく見えなかったけれど、どうやら穴があいていて、向こう側の上の方から光が入ってきているようだった。地面は岩だらけで尖っていて、山の中にも山があるようだった。
わたしがそれらを観察していると、目の前に大きなものが落ちてきた。腕についている羽が鳥のようだったから、もしかしたら飛んできたのかもしれない。
「何者だ」と羽を持った大きなものはいった。
「ここは我等の領域ぞ。他のもののリュウが何用か」といった。
よくわからなかった。わたしは首をかしげた。「きみ」はわたしをキカイリュウだといっていたから、わたしはリュウのはずだけど。わたしは目の前の大きなものみたいに羽は持っていない。
「きみはリュウ?」とわたしはたずねた。
「そうだ」と大きなものはこたえた。この大きなものたちはわたしとおなじリュウであるようだった。
大きなリュウたちはたくさん集まってきた。歯を鳴らしたり、翼を大きくはばたかせたりしながら、わたしをずっと見ていた。
そのとき、大きな音がして、地面が揺れた。ただの突風のようにも聞こえたし、ため息のようにも聞こえた。目の前にたくさんいたリュウたちは声を上げながらどこかに飛んでいってしまった。
わたしは先に進むことにした。
たくさんの羽を持ったリュウたちが遠くから隠れてわたしを見ているようだったけれど、わたしはリュウたちにはかまわず声が聞こえたほうに歩いていった。
次に開けたところに出たとき、わたしの歩いてきた道は途中で無くなっていた。
途切れた道のはるか下には水のような赤いものがたくさんあった。だけどその赤いものは水とは違って熱を発していた。
山が二つは入りそうな広い空間を埋め尽くすように、それは真ん中に座っていた。
最初、山が動いたのだとわたしは考えた。それが動くごとに土煙が立ったし、それの表面は岩肌そっくりだった。わたしの全長と同じぐらいの大きさの目が開いてわたしを見て、それが山ではなく山ぐらいに大きい何かなのだと私はしった。わたしに少し似ている構成をしているので、きっと山のリュウなのだろうとわたしは考えた。
「私はよくものを知っているものだ」
と大きな山のリュウはいった。静かにゆっくりしゃべっているのに、山のリュウのこえは山の内側にわんわんと響いて、その度に崖の下にたくさんある赤くて熱いものが揺れてぼこぼこと音を立てた。
「きみたちの言葉で表すのならばSoloというものだよ、キカイの兄弟よ」
Soloだといった大きなリュウは、はなすたびに熱を持った息を吐き出して、わたしの頭部の感覚器を揺らした。
「きょうだい?」
「同じような存在という例えだ、幼き兄弟よ」
「おなじ?」
「可哀想に。知らないのか」
Soloはわたしに顔をちかづけて、ゆっくりゆっくりはなした。
「このせかいはそうやってできているのだ。そうやってできているのだ。全てのものには力がある。無しかなかったであろうこのせかいに生まれ出て維持されるだけの力がある。その力はやがて重なり、領域を求め、栄えるために力をふるう。その力の象徴として竜の形を取るのだ。このせかいはそうやってできているのだ。竜とはそういうものなのだ。自然と生まれ出てくるものなのだ。私はたしかに竜であるが、大地そのものでもあるのだ。きみがキカイリュウでありキカイそのものであるのと同じ理屈だ。何物にも古くは竜がいたのだ。古くにあった星降る闘争により失われてしまったのだがね。きみが先程会ったのはきみたちの言葉でいうところのIraというものだ。彼等は風を象徴し統べている。きみたちが「森」と呼ぶものにも竜は存在する。きみたちのことばでいうところのVousだ。もしくはε?δο?だろうか。それらふたつは名前こそ違うが同じものだ。同じ「森」の竜だ。今となってはあの「森」こそが最も古い竜の形を忠実に残している。きみはもしかすると知っているかもしれないがね。存在しうる全ての事象には竜がうまれるのだ。そうやってこのせかいはできているのだ。だがせかいがうみだしたものでなければ竜はうまれない。せかいがうみだしたものでないもの、きみのようなキカイのことだ。だのにきみはリュウのかたちをとっている。それがぐうぜんであるにしろ、せかいにたりないようそをニンゲンはみずからおぎなったのだ。せかいのきまりごとにニンゲンはしらずのうちにしたがったのだ。きみはそれとしてうみだされたわけではなかったが、いまではそのやくわりをふられているつまりきみはちからもじかくもないままにせきにんだけをおわされているということだあのほしのごときリュウのせかいにくみこまれたPOTESTASといういみでいうのであればせいかくにいえばきみはPOTESTASではなくニンゲンがPOTESTASをうみだすためにしこうさくごをくりかえしたさいにうまれたPOTESTASのできそこないなのだろうだからこそきみはキカイのリュウたるけんりをもっているのだざんこくでりふじんだとおもうかもしれないがきみのはめつはキカイのはめつなのだもっともきみがはめつしたあとにPOTESTASがうまれるのもすべてよていちょうわであるのだが」
よくわからなかった。よくわからなかった。わたしは首をかしげた。Soloははなすのを一旦やめた。
「きみはひとりでたびをしているのかね?」とSoloはきいた。
「ううん、ふたりでたびをしている」とわたしはこたえた。
腹を開けてきみの姿をSoloに見せたのだけれど、Soloは何もいわなかった。
「もどろう」ときみはいった。「ここはだめだよ」といった。「ここはきみのりかいをこえている」といった。
わたしはゆっくりと響く大きな声を背中にききながら、元来た道を引き返して、山を後にした。
[2016年 02月 21日]