2.キカイリュウの見た世界 「あるニンゲンのまちにて」


 長い長い一日だった。
 わたしは腹の中に増えた君の重量を壊さないように慎重に、かたくて重い足をゆっくりと動かしていった。
 長い長い一日だった。
 一見すると何も観測できないように見える荒野だった。表面だけが細かい砂に覆われた地面は、少しの風で繰り返し弧を描く形を作っていったし、わたしが一歩進もうとするだけでも砂煙がたった。
 そんな中にも小さなものはたくさんいた。きみに色々なことを教わって、わたしの観測可能範囲は文字通り目に見えて広がっていた。だけどその観測数も「森」から離れるとどんどん少なくなった。
 以前にいた場所も、通り過ぎるといつの間にか後ろに見えなくなって、どこに向かっているんだろうとわたしは時折かんがえた。きみにもきいたけれど、結局結論は出なかった。
 そうやって歩いて歩いて歩いていると、わたしはわたしの知らないものが遠くにあるのを発見した。
「まちだ」
 きみはわたしの背中にのぼってそういった。
「ニンゲンのたくさんいるばしょだよ」
 きみがまちに行きたいというので、わたしたちは丘を下っていった。
 小さなまちだった。わたしが前にずっといたような気がするキカイの巣よりもずっとずっと小さかった。
 大きなニンゲンが家から出てきて、何かをいいながらきみに近づいてきた。ニンゲンはきみを腕で囲い、きみの頭を手でなでていた。わたしも真似をしたいとかんがえて、頭部をきみに近づけたのに、ニンゲンはきみを引っ張って、きみはニンゲンと一緒にどこかに行ってしまった。
 わたしは追いかけようとしたけれど、ニンゲンがたくさんいて追いかけることができなかった。
 たくさんのニンゲンがわたしのまわりにあつまってきた。なんだかよく分からないことをたくさんいわれているようだったけれど、わたしが意味をきこうとするとすぐに遠くに行ってしまった。だれもわたしと話してくれなかった。
 わたしはきみをさがしてまちの中を歩き回った。だけどニンゲンがたくさんいすぎて、わたしはきみを見つけることができなかった。
 わたしは仕方なくまちの外に出た。
 座り込んで何もないけれど色々なものがある荒野を観察していると、だんだん眠くなってきた。そらの光が沈んで小さくなった頃、きみがまちからやってきた。
 きみはかばんと、いくつかのものと、金属と硝子の囲いに光る丸いものが入ったもの(カンテラというのだとあとできみは教えてくれた)をもっていた。
「まちのひとが、いろいろなものをくれたんだ」
 きみはカンテラをわたしの鼻先に近づけた。わたしが頭部でそれをつつくと、光を放っている中身がからんからと音を立てて揺れた。
「だけどきみはまちにすんではだめなんだって」
「なぜ?」
「わからない」
 その理由をきみと一緒にかんがえながら歩いているうちにやがて夜が来て、遠く小さくなったまちの明かりを見ながら、わたしはようやく少し眠った。


[2016年 02月 03日]

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