2.キカイリュウの見た世界 「はじまりの日」


 長い長い一日だった。
 その一日がいつから始まったのか、はっきりとした記録はわたしの中には残っていない。そもそもわたしというものができあがったのも、ついさっきであるような気がするから、わたしのできあがるずっとずっと前からこの一日は続いているのかもしれない。

「こころのかたち」
 わたしの横を歩くきみは、不意にそういった。
「きみのまんなかは、こころのかたちをしているんだね」
 そういって、小さなきみはわたしを見上げる。わたしの体のまんなかにでっぱった、一つの形を見上げる。
 「わたし」はキカイのリュウであるらしい。キカイはニンゲンをたべるものだ。ずっと昔から決まっていることだ。「わたし」もニンゲンをたべるのがおしごとだ。
 「きみ」は小さなニンゲンだった。ニンゲンはたべるものなのだけど、どうしてか「わたし」は「きみ」をたべようとは思わなかった。
 だからわたしたちは、どこかに行こうとかんがえた。
 わたしたちは、旅をしていた。

「こころとはなに?」とわたしはたずねた。
 きみはこたえないで立ち止まって、とても長く長くかんがえ始めた。わたしはきみがこたえをくれるまでじっと待っていた。
 現在地は何もない荒れた野原だ。ニンゲンのたくさんいる「まち」も、木や葉っぱがたくさんある「森」もない。
 何もない野原に風が吹いた。名称を知らない背の低い草がゆらゆらと揺れた。落ちていた葉っぱが巻き上げられて、くるくる回りながら落ちてくる。
 それだけのことなのに「おかしいな」とわたしはかんがえる。首をかたむけてかんがえ込むきみのしぐさの真似をして、長い首をちょっとだけ横にかしげてかんがえる。
 かたむけたわたしの頭の上に小さな鳥が止まった。くちばしと金属があたって、こつこつと音がした。頭を元の方向に戻すと、小さな鳥は羽の音をひびかせながらどこかに飛んでいった。あ、とかんがえた。そういえば、わたしがそれらを認識するのは初めてだ。必要ではないことだから、それらはずっとあったのに、わたしはそれらを認識の対象にしていなかった。たったそれだけのことを、わたしはしった。
 ここは何もない場所じゃなかった。
「うまくせつめいできないけれど、」
 小さなきみはうんと手を伸ばして、わたしのこころの形に触った。こころの形は、きみの手に触れて同じ速さで震えている。わたしは腹部開閉機構を開けて、こころの形をきみの高さに合わせた。
「こころがあるってたぶん、すてきなことだよ」
「すてき」
 わたしは首をかしげてかんがえた。この動作はきっと、こうやって使うものだ。と識ったから。
 きみは一番下の牙に乗って、わたしの腹の中を覗き込む。中に何が見えているのかは、わたしには分からない。
「でも、からっぽなのは、さみしいね」
 「さみしい」といったきみの声は、きみをかつて匿ったわたしの腹の空洞に、わんわんと響いた。
 足りない、と、わたしはかんがえた。何故そうやってかんがえたのか、その理由は見つからなかった。
「ねぇ、きみのなかにはいってもいい?」
 わたしがこたえる前に、きみはたくさんの腹の牙を足場にして、するりとわたしの腹の中に入り込んでいた。
「きみのこころになりたいな」
 こころ。こころ。
 きみのいったとても短いことばが、わたしの中を転がりまわっている、とかんがえた。きみがこころの形と呼んだわたしのまんなかが、きみとおなじくらい温かくなった。それは平常なことではなかったけど、だけどそれは嫌なことではなかった。
 足りない、という認識はいつの間にかなくなっていた。きみは手足をまるめてわたしの中にいて、わたしは、必要な部品がぴったりとはまったみたいな、なんだか、満ち足りた。とかんがえた。
 うまくことばに変換できないそれを、足を前に踏み出しながらきみに伝えると、きみはただ「よかった」といった。


[2016年 02月 01日]

inserted by FC2 system inserted by FC2 system