胃がごろりと音を立てて持ち上がる。気管支あたりの胸の内側に、膨らんで張った胃の感触がある。水場に行こうとして諦めた。背を丸めて、床に向かって口を開ける。
 いくら待っても胃の中身は出てこなかった。代わりに床に小さな生き物が落ちているのに気がついた。
「カニ?」
「そうだ。我が輩はスベスベケブカガニだ」
「カニ」
「我が輩は世界を滅ぼす魔獣である。今までは貴様の胃に寄生していたのだが、宿主たる貴様が弱ったことによりこうして外に出てこられたのだ!恐れるがいい人間よ!これから世界は滅ぶのだ!」
「カニ……」
「おい貴様何をするやめろ!」
 地面を這うカニを片手でつかみあげて、適当なコップの中に放り込む。水も少し入れてやって、ラップで蓋をした。つまようじでラップに空気穴も開けてやった。
「スベスベケブカガニ」
「そうだ我が輩はスベスベケブカガニだ。……待て、何をしている」
「検索。食べられるかなって思って」
「貴様、我が輩を食うつもりか!?」
「カニって美味しいよね。結構好き」
「待て、待て待て馬鹿、思いとどまれ」
「うーん全然情報がないなあ。食べられそうな見た目だしいいかなあ」
「馬鹿その辺に落ちてるものを食うんじゃない!毒があったらどうするんだ馬鹿!」
「あ、毒、あるみたい」
「ほら見ろ!」
「なになに、カニが普段食べているもののせいです?ふーん……」
「なんだその目は今度は何を考えている」
「ちょうどいいやと思ってる」
「何がだ、いや、言わなくていい、いいからここから出せ」
「どうせ小さすぎて食べ応えなさそうだと思ってたところだし」
「おい」
「無毒なえさで大きくなるまで育ててから食べればいいよね」
「おいやめろ!やめてください!考え直すんだ!」
「カニって何食べるんだろう……検索、めんどくさいや、ねえ金魚のえさでいい?」
「よくない!」
「大丈夫大丈夫。以外といけるって」
「いけない!」
「じゃあ私、えさ買ってくるから。しばらく戻らないから。……消えるならその間に消えておいてね」

 金魚のえさを買って帰ってくると、コップの中にカニはいなかった。被せたラップが破れた様子もない。
 私はコップの中身を一気に飲み干した。ただの水の味がした。
 もし水にカニが溶けていたのなら、元いた胃の中に帰れたんだろう。



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