崩落

「きっと大したことでもないんだ」
 彼が言う。ざらざらと崩れていく砂の上に立っている。崩れた砂の山は誰かに押さえつけられるみたいに、ならされていく。地面に。地平に。波打つ砂原に。
「元々使っては捨てての繰り返しだったじゃないか」
 崩れる音が耳障りだ。ざらざら、ざらざら。耳の奥で、目の奥で、頭蓋の中身が欠けていく。ふと気づいた。崩れた先は何もない。底なしだ。ゾッとした。
「変わるものだ。細胞も、脳味噌も。知っていたはずだ。そのための代用品だ」
 崩落は止まらない。どこまでだって続いているはずだった砂漠が崩れていく。降り注ぐ砂は途切れて久しい。砂を掴んで留めようとしても、頭が痛くてすぐに見失ってしまう。
「囲っていたんだろう。一番大事なところだから。ここさえ無事なら平気な顔ができるから。焦ったんだろう。いつの間にか壊されかけていたから。でも思い出せ。今までだってそうだっただろう。今までだって何度だって外敵に打ち負けてきたじゃないか。その度に誰を殺した。何を埋めた。その足下に」
 長い長い思考が頭蓋を抉り込んでくる。細い杭が前頭葉に刺さってるみたいだ。足下って何だ。どこに立っている。そもそも立っているのか? 無いものだと知らぬ間に思いこんでいた足の感触がある気がした。
「思い出せ。死体の上にお前は立っている。死体の上でもお前は忘れて生きてこられた」
 足の裏に感触があった。死体だ。埋葬していない、腐りかけた死体だ。
 いつの間に殺すことに慣れていた。これを否定したのはいつだ。辛かったのはいつだ。辛かったのを無かったことにしたのはいつだ。きちんと埋葬もしないで、見なかったことにして放置していれば、こうなってしまうのは当たり前じゃないか。
「だから大したことじゃない。地面はある」
 足の下に、今ではもう真には理解できない「私」たちがグロテスクに積み上がっている。いくつかは棺桶に入れてあげた。名前はつけてあげていない。できれば地続きのままでいたかったからだ。
 私は安堵した。私はまたいつか崩れるときのための死体。私は私をそう定義した。そうすればそうなるのだ。きっととても単純だから。
 息ができた。死体を埋めていてよかったとおもった。これがなければ私は生きられない。
 私は死体の上に生きている。



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